市場調査 2023年08月08日10:24

ベトナムの自動車産業(その3)EV市場

自動車技術革新というダイナミックな領域において、ベトナムの電気自動車(EV)市場は発展の可能性を秘めた魅力的な場として浮上している。ビンファストのような国内メーカーが躍進を遂げ、海外メーカーも大きな関心を寄せる中で、ベトナムの交通産業はまさに転換期に差し掛かっていると言えるだろう。しかし、この電動化の波において、未熟な充電インフラという課題が大きく立ちはだかり、ベトナムの電気自動車エコシステムが直面する目覚ましい成長と差し迫ったハードルの両方が注目を浴びている。

ベトナムの自動車産業(その3)EV市場

EVに舵を切ったビンファスト

2022年1月6日、世界最大規模の家電・デジタル技術見本市「CES 2022」にて、ベトナム初の自動車メーカーであるビンファスト(VinFast)は、2022年末にガソリン車の生産を停止し、電気自動車(EV)生産へ移行する計画を発表した。その後、この計画は前倒しされ、2022年7月にビンファストは正式にガソリン車事業を停止し、完全にEV事業へ切り替えた。現在、同社の全モデルはハイフォン市カットハイの工場で組立、仕上げが行われている。ビンファストの電気自動車・電動バイクの複合工場エリアは、ハイフォン市カットハイ郡ディンヴー工業団地内の335ヘクタールの敷地に建設された。同エリアは自動車生産工場、電動バイク生産工場、電動バス生産工場、管理棟などに分かれている。自動車工場(フェーズ1)では年間25万台の生産が可能で、2026年には年間95万台まで生産能力を上げる計画だ。

ビンファストが展開してきた6モデルは、VF e34(C級SUV)、VF 5 Plus(A級SUV)、VF 6(B級SUV)、VF 7(C級SUV)、VF 8(D級SUV)、VF 9(E級SUV)というように、いずれもA~Eまでの等級に分かれている。直近では2023年6月8日に小型車のVF 3モデルを発表した。これはビンファストがベトナムの交通事情と消費者の習慣に基づき開発した同社初の小型車である。現在のところ、VF 6、VF 7、VF 3はまだ正式に販売が開始されていない。VF e34は2021年、VF 8、VF 9とVF 5 Plusは2022年に販売を開始し、価格は4億5800万~15億7000万ドン(約280万~964万円)となっている。今年1~3月の3ヶ月間で、ビンファストは1689台(VF e34:773台、VF8:865台、VF9:51台)をベトナムの顧客に納車した。

EVの“心臓”であり、原価で最大の比重を占める車載電池の自社生産を目指し、ビンファストはLi-CycleStoreDotなど電池分野における世界トップレベルのメーカーやテクノロジー企業と協力するという大胆な戦略を採った。

多くの専門家は、ビンファストとビングループ(Vingroup)の各子会社が、常に技術を競い合って新世代のEVモデルを登場させるだけでなく、ベトナムのEVに一つの革命を起こし、将来のグリーンな交通エコシステムを築くと同時に、使用期限切れのバッテリーによる環境汚染リスクの抑止という大きな野望を抱いていることを認識している。

海外メーカーの参入 

ここ最近、ベトナムで最初の五菱・宏光ミニEV(Wuling HongGuang MiniEV)が、北部フンイェン省のTMTモーターズの工場から出荷されたというニュースで市場がざわついている。これは米国ゼネラルモーターズと中国の上海汽車および五菱集団(現:広西汽車集団)の合弁会社である上汽通用五菱汽車(SAIC-GM-Wuling)が生産する小型EVであり、2020年から3年間、世界で最も売れた小型EVモデルとなった。2023年1月、上汽通用五菱汽車はTMTモーターズと戦略的協力協定を結んだ。TMTモーターズの前身は、1976年に設立された交通運輸省機械局傘下の交通運輸機械設備・資材社である。この協定では、上汽通用五菱汽車が部品供給を行い、TMTモーターズがベトナムにおけるWulingブランドのEVシリーズの生産、組立、流通を独占的に行うとされている。2023年5月24日、最初の宏光ミニEVがTMTモーターズの工場から出荷された。現在、TMTモーターズのEV工場(フェーズ1)では、年間3万台の生産、組立が可能だ。フェーズ2では、TMTモーターズは等級の異なる新しいEVモデルを登場させ、年間生産量は6万台になる。

ベトナム市場への参入を狙っているもう一つの中国のEV大手がBYDだ。中国深センに本社を構えるBYDは、元々は携帯電話のバッテリーを生産するメーカーであり、2003年に自動車産業へ参入したばかりだ。しかし、2022年に同社は186万台のプラグインハイブリッド車(PHEV)と電気自動車(EV)を供給し、テスラの131万台を42%上回る世界最大のEVメーカーとなった。現在、BYDはベトナム北部のフート省に電子機器の組立工場を持っている。今年5月頭にBYDグループの王伝福(Wang Chuanfu)会長とチャン・ホン・ハー副首相が会談を行った際、同社がベトナムにおける電気自動車の生産、組立への投資拡大を検討しているという話が出た。BYDグループはスムーズな投資手続きを希望すると共に、同社がEVプロジェクトにかかる裾野産業企業のサプライチェーンを構築する考えを述べた。ただし、投資総額などのプロジェクトの詳細は公表されていない。多くの関係者は、仮にBYDのベトナム進出が実現すれば、ベトナムのEVメーカーであるビンファストにとって直接的な脅威になるとみている。

そのほか、多くの世界有数のブランドが次々とベトナム市場にEVを投入している。EVの完成車輸入では、韓国現代のIoniq 5、起亜自動車のEV6がベトナムで13億3000万~17億ドン(約816万~1043万円)で販売される予定だ。また高級ラインであるアウディのe-tronは29億7000万~59億ドン(約1820万~3620万円)、メルセデスベンツのEQSは48億3000万~59億5000万ドン(約2960万~3650万円)、ポルシェのTaycanは57億~95億5000万ドン(約3500万~5860万円)となっている。一方、ハイブリッド車(HV)で最も人気が高い車種は日産のKicks e-POWERで、7億8900万ドン(約484万円)で販売されている。

世界の潮流と相まって、ベトナムのEV市場には徐々に多くのブランドが登場し、活況を呈していると言えるだろう。ベトナム自動車工業会(VAMA)は、2028年頃にベトナムのEVは100万台に達し、2030年~2040年に急成長して約350万台に達すると予測している。ただし、EV産業はまったく新しい業界であり、限られた原材料や非常に高い技術を要求されることから高価になる。例えば、過去にあった半導体チップ不足によるグローバルサプライチェーンの寸断が起こった場合、業界全体が受ける影響は非常に深刻なものになる。客観的にみると、ベトナムのEV価格は一部のガソリン車と比べて依然として高いのが現状だ。

EVインフラ整備が課題

ベトナムのもう一つの課題は、EV向けのインフラ整備だ。電気モーターを動力源とするEVには一般的なEV用の充電ステーションが不可欠だが、ベトナムでは不足している。省・市間をまたぐ充電ステーション網もあまり構築されていない。これは、消費者がガソリン車からEVへの乗り換えを躊躇する要因となる。

ベトナムでは現在、ビンファストだけが国内での充電ステーションの設置を推進しており、その数は15万ヵ所に上る。ビンファストが採用する充電規格はCCS2で、これは一部の欧米のブランドが採用しており互換性はかなり高い。しかし、現時点では、ビンファストが充電ステーションを提供する対象は自社のEVを使用する顧客のみに限定している。ビングループの2023年の定期株主総会において、取締役会長のファム・ニャット・ブオン氏は率直にこう述べた。

「我々がビンファストの充電ステーションを他のブランドに共有するのは10年後です。我々が7億米ドル(約1000億円)をかけて整備したインフラを、いとも簡単に競合へ提供する理由がありません」

ブオン会長によると、ビンファストは市場へ車両を供給する十分な能力があり、充実した車種を合理的な価格で提供し、アフターサービスも優れている。そのため、売上増につながるサービスとしての充電ステーションの共有は、現時点では必要がない。さらに、今後数年でハイフォンのビンファストのEV工場は年間95万台を生産できるようになる一方で、同社は、EVタクシーサービスを広めるために一部のタクシー会社や配車サービス会社と連携して、既に一部の地方でEVタクシーサービスの展開を開始している。ビンファストが現在提供している充電ステーションの数は不十分であり、今後さらに充電ステーション網の拡充が必要であることは想像に難くない。

ビンファストと並び、ベトナムのEV充電ステーション市場が迎え入れた新しいプレイヤーがベトナム電力グループ(EVN)である。EVNのEV高速充電ステーションが、EVN傘下の中部電力・電子測定機器生産センター(CPCEMEC) により開発されている。EVNは商用化の前に、中部電力総公社やダナン市のPVOILのガソリンスタンドなどにEV充電ステーションを設置し、試験を行った。センターはこれまでに顧客に6基の充電ステーションを引き渡し、今後ハノイでも設置される予定だ。この充電ステーションでは、バッテリー容量に応じて30~40分で80%の充電が可能で、1つのステーションで複数の充電規格(CCS、テスラ、GB/T)に対応しつつ、出力を120kWまで上げることができる。これは、ベトナムにおいて自動車メーカー以外が手掛ける初のベトナムブランドのEV高速充電ステーションとなる。 

ベトナム市場にEVを投入したブランドのうち、ポルシェとアウディは自社の高速充電ステーションを稼働させた。ポルシェの充電ステーションは、サイゴン・ポルシェセンターに設置され、最大出力は175kW、Taycanシリーズの充電が40分で80%完了する。アウディもホーチミン市に充電ステーションを設置。“Audi Charging Louge”と称する充電ステーションは同市1区のセンターに置かれ、ABBの高出力充電器(180kW充電が可能)を備えた屋内DC高速充電エリアでは、アウディ車が2台同時に充電できる。また、メルセデスベンツは、全国の5つ星ホテルやリゾートに充電ステーションを設置する計画があることを発表している。

EVメーカーにとって、充電ステーションという課題に対する解決策を見つけることは、車の使用範囲に影響することから非常に重要と言えるだろう。一方で、EV充電ステーションの稼働は電力需要を押し上げ、電力の過負荷を引き起こす可能性がある。そうなれば電力システムの稼働や電力の品質に影響が出るだろう。対策がなければ、大量の充電ステーションが電力網にアクセスすることで電力供給や電力システムの安全性、安定性に影響を及ぼし、そのエリアの電力網が過負荷状態に陥るリスクがある。

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文/株式会社NCネットワークベトナム Anh Tri、Hoang Giang
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