*本稿を作成するにあたり、日新電機ベトナム有限会社様、Yoshimura Kogyo Vietnam Co., Ltd様、Long Giang Mechanical Electrical JSC様、Vietnam Japan Industrial Development and Manufacturing JSC (INDEMA)様、Trumpf Vietnam CO., LTD様よりご協力をいただきました。

市場の発展と共に急成長
ベトナムの板金加工業界は大きく成長している。その理由は、板金加工が製造業の重要な分野の1つであり、建設、インフラ、電気設備、家電、自動化などの板金加工製品を使用する業界も著しい成長を遂げているからだ。
建設については、新型コロナウイルスの影響で2020年は多くの不動産プロジェクトが中止になったが、その後、市場は徐々に回復している。ここ数年、GDPに占める不動産業の割合は上昇傾向にある。平均すると、建設・不動産業界は約11%を占め、そのうち不動産業が直接占める割合は約4.5%で、GDP成長率に約0.5ポイント寄与している。また、建設省によると、2022年の不動産業界への外国直接投資(FDI)は44億5,000万米ドルに達し、2021年と比較して18億5,000万米ドル(70%)増加した。これにより不動産業は、加工製造業に次いでFDI誘致第2位の業界となった。
FDI資本は主に工業用不動産セグメントといくつかの大型不動産プロジェクトに集中している。住宅、特に大都市や有名観光地のある地方に位置するタウンシップやアパートに対する需要の高まりが追い風となっている。
インフラ建設については、近年の電力需要の増加に対応するため、政府は発電所の建設に注力しており、特に風力や太陽光などの再生可能エネルギーを利用した電力プロジェクトが推進されている。再生可能エネルギーの促進は現代のトレンドに沿っており、ベトナムの自然条件はこの電源の開発と利用に適している。国際エネルギー機関(IEA)は、ベトナムを北欧、米国、東アジア、南米とともに世界の再生可能エネルギーの中心地の1つになると予測している。再生可能エネルギーの発電所を含む発電所の計画には依然として多くの問題があるが、ベトナムの電力需要は今後さらに増大する見通しで、電力プロジェクトへの投資は引き続き推進されるだろう。
道路、橋などの交通インフラの建設も活発だ。2020年にはノイバイ空港とタンソンニャット空港の滑走路の改修や、南北高速道路などの大規模プロジェクトが開始された。また、2021年1月にはベトナムの社会・経済開発および国防・安全保障にとって非常に重要なプロジェクトとなるロンタイン国際空港の第一期建設が着工した。
電力需要を満たし、道路や橋を整備することは国の工業・経済発展のための基本条件である。ベトナムの現在の経済成長率を考えると、国の開発ニーズを満たすためにこれらの分野への投資に焦点を当てることは非常に重要だ。今後もこれらの分野は板金加工製品の主要な市場となるだろう。
テレビ、冷蔵庫、洗濯機、エアコン、パソコンなどの家電や機器の製造にも板金加工製品は多く使われている。また、新たな投資活動や外資流入が相次ぐビジネスの拡大や自動化の普及は、工場設備、生産ライン、電線などの製造業にとって追い風となり、関連のある板金加工製品の需要も高まっている。
板金加工製品の一部は世界各国に輸出されている。新興国の経済発展や世界経済の回復も、ベトナムの板金加工業の成長を牽引する原動力となっている。
板金加工企業の活動
ベトナムの板金加工業界には、地場企業や外資系企業(主に日系企業)など、規模の異なる多くの企業が参加している。提供される製品の難易度、精度、用途は多岐にわたる。地場企業はかつて、建設、発電所、工場などの国内需要に対して、主に電気パネルキャビネット、コントロールキャビネット、テーブル、椅子、ドキュメントキャビネットなどを製造していた。そして技術力の優れた企業は、日本や米国、欧州の顧客に直接輸出したり、OEM(相手先ブランドによる生産)を請け負ったりして成長してきた。
板金加工の主要な工程には、パンチング、カット、曲げ、組立(溶接または非溶接)、表面処理(研磨、塗装、めっき)がある。ベトナム企業の多くは、社内で組立段階まで加工した後、表面処理を外注する。古いパンチングマシン、カッティングマシン、TIG・MIG溶接機を有する小規模な会社は難易度が低い注文を受ける。それに対して、品質への要求が厳しい海外顧客(日本や欧米など)に対応できるよう表面処理ラインを装備し、社内で一貫生産を行う地場企業もある(LGMec、3C Engineering、Indema、Truong Giang Electricなど)。
板金加工業界の主要な工業製品として、国内外で販売される電気パネルキャビネットとコントロールキャビネットが挙げられる。企業はこれらを製作する際、フレームやカバーのみ加工・組立して表面処理を社内で行うか、外注先に依頼して協力企業(またはお客様より指定される企業)で注文に応じて電気・電子部品の組立を行う。また、すべての工程を社内で行い、完成品を納品する企業(日新電機、3C Engineering、Truong Giang Electric等)や、OEM案件を受けながら自社ブランドで市場に販売する企業もある。組立用の電気・電子部品は主に日本とヨーロッパから輸入している。
加工用設備は100%輸入品だ。日本企業が主にアマダ、コマツなどの日本製を使用するのに対し、地場企業は日本、ドイツ、台湾、中国など様々な国から機械を仕入れる。最も人気が高いメーカーはアマダ(日本)とトルンプ(ドイツ)だ。地場企業の中には、特定のブランドの機械・設備を使用するところもあれば、企業の生産拡大と開発戦略に基づいて機械・設備投資戦略を立てるところもある。
トルンプ社の担当者によると、企業はターゲットとする顧客層のニーズに基づいて機械を選ぶ傾向があるという。例えば、機械を使用する上でコスト効率を重視する企業もあるし、精度を優先する企業もある。さらに最近では、無駄な工程を減らしてコストを最適化したり、機械と管理ソフトを最適に統合して工程を効率化したりする動きも、企業から大きな注目を集めている。
板金加工企業のほとんどがレーザー加工機を所有しているが、シートカットの工程だけに基づいて板金加工企業の能力を評価することは難しい。ただし、曲げや溶接など作業者の技術と経験が必要な工程では、各企業の能力差が明確になる。特に溶接は作業者の技量に大きく左右され、きれいで二次加工の必要がないレベルの溶接を施すには、スキルの高い作業者と、現場での管理、直接監視が欠かせない。ベトナムにも溶接資格認定トレーニングシステムがあるが、十分に機能していないため、企業は採用後、要件を満たすために再研修を行う必要がある。現場での溶接技能教育に関しては、ベトナム企業よりも日本企業のほうが経験やノウハウを持っている。
安定的な溶接品質を確保するために、溶接ロボットの導入を検討する企業もある。しかし、生産量と投資コストの問題から、企業の多くは溶接作業員を採用しているのが現状だ。
表面処理の品質確保が課題
製品の外観と環境条件への耐久性を確保するために、加工後の板金製品は、めっきや静電塗装、電着塗装、研磨など色々な方法で表面処理される。めっきと塗装工程を行うためには機械や設備への投資だけでなく、優れた管理システムと環境保護基準を満たす証明書も必要となる。自社で塗装やめっきに対応する企業は少なくはないが、両工程を一連対応できる企業は稀だ。本誌が調べた企業の現状は以下の通りである。
Long Giang Mechanical Electrical JSC(LGMec):中小型の製品用自動粉体塗装・乾燥ライン(ロボット、手動)、大型の製品用粉体塗装・乾燥ライン(手動)のほか、塗装前の洗浄から塗装中の高圧洗浄、塗装後の洗浄までの一貫システムを備えている。
日新電機ベトナム有限会社:粉体塗装、液体塗装を手掛ける。液体塗装については最近、顧客の要求に応じて金型、研削工具、機械部品など板金加工分野以外の部品のPVDコーティングに対応するようになった。
Vietnam Japan Industrial Development and Manufacturing JSC (INDEMA):粉体塗装ライン、電解亜鉛めっき・3価クロム不動態めっきラインを完備。
なぜ外注せず自社で対応するのか、という質問に対して、ほとんどの企業は次のように答えた。
「外注すると、品質や進捗、安定性を保証するのが難しくなる。特に、高い品質と外観を求める日本や米国、欧州などの顧客から信頼を得るためには自社で対応するしかない」
板金加工製品のサイズは多岐にわたる。材料については、ステンレス鋼を除いて、ほとんどの材料は塗装による表面処理の工程が求められ、いくつかはめっきの工程が求められる。大型部品にめっき加工を施すには大型槽を備えためっきラインを導入する必要があるが、小型部品へのめっきに比べて費用が高い。そのため、ベトナムでめっき加工を専門とする企業の多くは中小型の部品に対応する企業であり、大型部品にめっき加工を行える企業は数少ない。
ベトナムで表面処理を提供する企業は、日系では遠州三光(電解亜鉛めっき)、地場系では Vietnam Japan Industrial Development and Manufacturing JSC (INDEMA/電解亜鉛めっき、3価クロム不動態めっき、最大対応サイズ1500x1500x1500mm)、Viet Rainbow Co., Ltd(粉体塗装、液体塗装)、H.V.T Co.,Ltd(液体塗装)等がある。
材料は輸入に依存
板金加工に使用される材料は鋼、ステンレス鋼(多く使用される)、アルミニウム、アルミニウム合金、銅、亜鉛、スズ、銀などの様々なシート材料であり、厚さも多様だ。ベトナムの他の産業と同様に、板金加工の材料も輸入に大きく依存している。鋼板については、熱間圧延コイル(HRC)の国内供給能力は年間約500万トンだが、生産需要を満たすために年間約1,000万トン相当の貿易赤字を出している。鉄鋼業の原材料も輸入に依存しているため、支出は世界の鉄鋼石価格や国際輸送費などに左右される。
材料費の高騰は企業にとって切実な問題となっている。ある会社によると、機械加工の材料として購入する鉄鋼の価格は、2020年11月から2021年4月までのわずか6ヶ月で40%上昇し、下落の兆しは見えないという。
ある日系企業によると、同社が取り扱っている材料である SPCC、SPHC、SS400、SUS304のうち、国内調達できるのはSS400だけで、残りは日本、韓国、台湾、中国から輸入しなければならないという。ベトナムでは韓国系のPOSCOから材料を購入しているが、圧延後の品質が不安定なため、要求品質を満たせない場合、サプライヤーに返品せざるを得ないとのことだ。
また別の企業関係者はこう述べた。
「使用している材料はすべて輸入品のため、日本で製造されるものと比べると、材料費はほぼ同じだが品質はそれほど高くない。また、日本で容易に購入できる材料がベトナムでは購入しにくくなる場合もある」
板金加工を含む製造業が原材料の供給を安定させ、生産を最適化するためには、工業用原材料の輸入依存から脱却する必要がある。
企業間の格差が大きい
板金加工業界の日系企業やその顧客によると、本業界におけるベトナム企業の最大の問題は生産管理にあるという。海外顧客、特に日本企業の厳しい要求に対応した経験があったり、日本人の管理者を置いたり、日本企業からの協力や技術指導を受けたりしている企業は徹底した品質管理と進捗管理を行う。それに対して、通常の製品を加工する地場企業は労働者保護や職場の安全を重視せず、品質と作業の進捗に対する厳しい要求に対応する必要がないため、厳密な管理を行わない。
生産管理を徹底したい企業は、自社で研究・開発しなければならない。しかし、設備から生産管理の業務フロー、人材育成(特に曲げ工程、溶接工程を担う人材)までの一貫システムの導入は容易ではない。国内外の組織からISO、TPM/TQM管理システムの構築に関するトレーニングサポートを受ける企業はあるが、その数はまだ少なく、明確な効果は見えていない。徹底した生産管理を成功させるためにはかなりの費用と手間を要するだろう。
ベトナム資本100%で、日本への輸出や在越外資系企業への大量供給を行っている企業でも、「ベトナム企業が海外企業と競争できるのは価格だけだ。生産性、品質、進捗のすべての面において、まだ大きいキャップが存在する」と正直に認めた。
今後の展望
板金加工製品を使用する産業の発展と共に、ベトナムの板金加工業は今後も力強く成長していくことが見込まれる。その一方、原材料の供給、生産管理システムの構築、人材育成など、一朝一夕には解決できない多くの問題に直面しているため、ベトナム企業と外国企業の格差を埋めるには相当の時間を要するだろう。
世界的なサプライチェーンの再編成により新たなビジネスチャンスが拡大する中、ベトナム企業にとって外国企業との競争は、挑戦であると同時に発展の機会でもある。価格面での優位性は長期的には維持しにくいため、企業側は今後、生産・管理能力をより強化する必要がある。そのためには融資やトレーニングなど、政府による効果的かつ持続的な支援策も欠かせない。