本テーマの記述にあたって、熱処理分野の得意先の一つである切削加工会社より、多くの興味深い見識を共有していただいた。そこから、熱処理を必要とする切削加工におけるベトナムと日本の違いについて、理解を深めることができた。このことは、日本の企業がベトナムのサプライヤーに発注を決める際に知っておくべき有益な情報になると思われる。
ベトナムと日本の違い
今回は、4つの基本的な熱処理形態(焼きなまし、焼きならし、焼き入れ、焼き戻し)の1つである「焼き入れ」を取り上げる。
基本的な加工プロセスは、簡略化すると以下のとおりになる。
日本では、原材料サプライヤー、加工業者、熱処理業者が互いの近くに拠点を構えてサプライチェーンを形成しているため、一つの区域内で一貫した加工を行えるようになっている。日本の熱処理産業は一貫した設備システムや優れた技術と管理プロセスによって、非常に高いレベルに達している。従って、多くの部品は軟鋼を使用し、その後の熱処理を経て図面要件の硬度を満たすことができる。
しかし、ベトナムでは生産条件がまったく異なる。国内のサプライチェーンが完成されていないため(原料のほとんどが輸入され、多くの生産分野が未熟である等)、ベトナム企業は十分な加工技術を備えていても、図面どおりの材料や表面処理の指定に対応することが難しい。以下に例を挙げる。
- 以前は熱処理の専門業者が極めて少なかったため、機械加工の国営企業の大半は自社で熱処理炉を整備しなければならなかった(前号で記載したとおり)。しかし、数十年前に投資された設備はすでに老朽化し、技術も時代遅れとなっている。ここ5年から10年の間に、新しい熱処理専門会社が数多く現れ、業界や製品のニーズに対応している。これについては記事の後半で触れる。
- 各工場の場所の連携性がなく、加工工場と熱処理工場が離れている。この原因の一つは、国と地方の計画および政策にある。工業団地は主に外国投資またはベトナムの大手企業の誘致を目的としており、国内の中小製造企業にとって工業団地の土地を長期間借りることはハードルが高い。長い間、製造企業に対する工業用地の借地支援、財政や税制の支援は非常に限定されており、企業は“自力でなんとかする”ことを求められた。従って、大多数の企業は、初期の段階では民間または小規模な工業区の土地を借りたり、買い取ったりして工場を建てた。ベトナムの裾野産業の工場はこのようにバラバラに点在するため、結果的に輸送費が上がり、納期が長くなる。多くのケースにおいて、熱処理の品質が要件を満たせないのは言うまでもない。特に日本の顧客の発注する加工部品はサイズが小さく、1次加工後に熱処理を行うと、加工原点が膨張してしまい再度加工機にセットすることができない。これにより検品と2次加工の時間、費用は増えることになり、このことも国内企業にとって加工注文の対応を妨げる大きな障壁の一つとなっている。
熱処理に代わる代替案
あるベトナムの大規模な切削加工企業(日本企業との取引経験が14年以上あり、160台以上の加工機を所有)が実施している解決策が、“図面の最終的な仕上げ要件を満たすために、硬度の高い鉄鋼を使って加工する”ことだ。
この会社では、部品形状、要求される硬度、使用目的等の各ポイントから図面を分析し、熱処理を必要としない適切な加工策を探す。この方法は、材料費や工具の交換費用を押し上げる一方で、企業は主体的に加工の時間と品質を制御できる。この会社の関係者は次のように語った。
「当初、この提案を日本の顧客に納得してもらうのはとても大変でした。加工の効果を考えると、このようなやり方は労力と費用の無駄に見えます。でも、ベトナムの現状を鑑みれば、これは非常に合理的な選択なのです。我々が実際にやってみると、費用は図面の当初の指定に従うやり方(軟鋼を加工し、熱処理を経て硬化させる)よりも低く抑えられたので、顧客もこの提案を承認してくれました。ただし、日本企業はとても慎重で、このようなリスクの高い変更を容易には受け入れません。ですから、当社がこの方法で行っているのは5%だけで、残りの95%は依然として外部のサプライヤーに熱処理を依頼する必要があります」
地場の熱処理会社が急増
前号に記載したとおり、以前のベトナムでは熱処理専門の国内企業が極めて少なく、大半の大きな機械加工企業(主に国営企業)は、内部の需要に対応するために自社で熱処理設備を構える必要があった。当時、熱処理を専門に行っていた国内企業の設備、技術もかなり古く、遅れており、主に中国製の設備を使いながら手探りでやっていたので、品質要件の高くない注文に対応しているだけだった。
裾野産業の機械部品グループ、特に日本の顧客は品質要件が極めて高く、材料は特定の会社から調達すること、または熱処理は必ず日系企業で行うことといった指定があるケースが多かった。従って、ベトナムに投資した日本、台湾、韓国等の数少ない企業が、優れた設備と品質検査プロセスを強みとして、熱処理市場をほぼ“独占”している状態だった。
しかし、ここ5年間で国内の熱処理会社の数は急増している。その多くは外国の熱処理会社で働いていたベトナム人人材が起業した会社で、中国製、ベトナム製の設備を購入するか自社で設備を生産し(中国製のコア部分を買い、ベトナムでカバーを製作する等)、小ロットから短納期まであらゆる注文を受ける。
近代的で一貫した熱処理設備を設置するには莫大な投資が必要となるが(ある日本の高周波焼入れ専門企業によると、数百万ドルに上ることもある)、旧式の中国またはベトナムの炉1~2基であれば難しいことはない。彼らにとって設立時の最大の問題は法務面である。熱処理炉は周囲への放熱量が多いため、厳しい環境監査を受ける必要がある。しかし、今日のベトナムでは熱処理に対する意識がまだ低く、従来の鍛造炉と同様に捉えられていることも多い(昔ながらの屋外の鍛造炉はベトナムで数多く存在し、70年代、80年代生まれの人にとっては幼い頃の懐かしい風景だ)。そのため、許可と管理はまだ緩く、ベトナムの新しい熱処理会社もこの部分への投資に関心がなく、炉さえあれば活動できるという状況である。
発注側をみると、品質要件は以前のように厳しすぎるということはないようだ(材料指定なし、熱処理会社を自分で選べる等)。加工会社の選択肢が広がったことで、価格の競争力と納期で優位性のある国内の熱処理会社が、徐々に市場のシェアを伸ばしている。
※本稿執筆にあたり、CNCTech様、Pro-vision様、Oristar様、KDV様よりご協力をいただきました。