QCD(品質・コスト・納期)のバランスは熱処理分野に限った課題ではないが、ベトナムで熱処理の外注を予定する際にバイヤーが注意すべき特別な影響を与える要素がある。
品質を選ぶか、価格を選ぶか
ベトナムにおける熱処理業界は“価格重視”(どのような発注でも受ける)か“品質重視”の2つのグループに大別されると言えよう。品質および価格の高い順からいうと、日本企業→他国企業(韓国、台湾、中国等)→ベトナム企業となる。現在、一部の日本、中国等の原材料サプライヤーは、材料を購入した顧客向けおよび追加受注として熱処理サービスを提供している。
日本企業は、優良な設備と厳しい管理工程により品質を保証する代わりに、価格が高く納期が遅い。逆に、中国やベトナムの企業は、設備の90%が中国製、ベトナム製で、小ロットの発注も受け(異なる部品を組み合わせて一度に炉へ入れる)、納期を早めるために工程を省く企業も少なくない。日本企業(通常は異なる部品を一緒にせず、作業の省略は許されない)と比べると価格はかなり安く、当日や翌日に納品することもできる。ただし、低価格と引き換えに、顧客は硬度や部品形状のミス、性質の変化、不安定な品質といったリスクを常に抱え、高い不良率と修正を受け入れなければならない。ある企業は、「修正回数が多くても、熱処理と修正にかかる総コストは日本企業に熱処理を外注するより安いので、難易度が高くなく熱処理業者の指定がない場合は、当社はベトナム企業に依頼する。あるいは最初から熱処理業者によって異なる見積りを提示して、顧客に検討と決定をお願いすることも考えられる」と語る。
設備と技術以外に、日本企業とベトナム企業で大きく異なる点は品質管理工程である。日本企業は、明確な品質管理工程を整備し、徹底的に遵守する(定期的な検査、メンテナンス。例えばPro-visonでは3ヶ月に1回)。その一方、多くのベトナム企業は、故障時や加熱による炉内爆発が起きた時だけ修理を行うという話は珍しくない(メンテナンスを行わないので炉の問題を把握できない)。それどころか、顧客からの至急の依頼に応じて処理工程の省略を厭わない企業もあり(一部の顧客は、急ぎの案件なのでサプライヤーに硬度だけ要求し、工程省略を要請する)、常に品質に厳格な日本企業からするとあり得ないことである。
Oristarは、ベトナムの熱処理会社の中でも数少ない別の方向性を持った企業だ。元々は製造用鉄鋼の輸入販売を行うサプライヤーだが、顧客向けの完全なバリューチェーン(良質なインプット原材料の供給-良質なアウトプット処理の支援)を築くために、最近、熱処理分野への事業拡大を図った。Oristarは、100%ドイツからの輸入品である高圧窒素ガス冷却の真空炉システム、真空窒化炉などを整備。同社の代表者は次のように語る。
「各種原材料、各種部品は、適切な熱処理工程を必要とします。現在、当社の炉は一回300~400㎏の処理容量がありますが、発注量が数10㎏の場合でも、熱処理単体では赤字となる覚悟で、異なる部品を組み合わせることは行いません。少量の発注は不可避の傾向であり、各企業には相応の対策が求められます。私たちも品質の良いサービスで信頼を得るべく、試行錯誤している段階です」
ベトナムの製造業界は、持続可能な発展へ向けてこのような組織を強く必要としている。
焼き入れの課題
焼き入れは、大きく分けて全体焼き入れと表面焼き入れの2つに分けられる。そのうち、表面焼き入れはベトナムできちんと対応できる熱処理業者が少なく、特に浸透層の深度に関して特定の要件がある発注に対処できる会社は限られる。公差が小さい(1mm以下)高度な表面焼き入れは日本企業でないと対応できず、そのため発注数は多くない。さらに、硬化層の深度を検査するための分析器を所有する会社は非常に少ない。
加工技術の面では、ベトナム企業は図面要件に対して比較的良い対応ができるものの、材料、設備、工具といった投入要素については主導権を握るのが難しく(在庫がない、生産時間よりも納入待ち時間の方が長い等)、加工後の表面処理工程についても同様だ(外注先に依存する)。故に、当初製品について聞かれると「多分できる」と答えるが、最後は必ず断らざるを得ない。従って、表面焼き入れの特別な要件がある場合、荒加工はベトナム企業で行い、熱処理と仕上げ加工は日本で、または日系企業で行うというように、発注者は各者の強みを利用して、オーダーを分けることを検討すべきだろう。
熱処理業界の展望
ベトナムは依然として世界では技術後進国であり、切削加工業界が本当に発展したのもここ15年の話である。ほとんどの原材料、機械設備、工具は外国からの輸入に頼っている。発展の初期段階では、大半の企業は自営業であり、資金や方針が不足していたため、主に多様な加工形態で、大量の汎用製品に対応するような投資が行われていた。時が経ち、多くの会社が大きく成長し、近代的な工場システムや設備を所有して、徐々に専門性を高めていったが、一般的には、ベトナムの製造業界が難易度の高い薄物を手掛けるには、まだ障壁がある。
熱処理は加工後の工程なので、熱処理の発展の可能性は、加工企業の拡大の展望に完全に依存すると言えるかもしれない。他方で、どの製品も高度な熱処理が必要なわけではない。ベトナムのオートバイ市場は飽和状態であり、自動車業界の規模は小さく、機械設備製造業界(建設機械、農業機械等)は“足踏み状態”という状況下で、熱処理業界の国内市場の規模は、ここ数年ほぼ変化がない。しかし、マクロ経済の予測不可能な変化は、熱処理業界をはじめとするベトナム製造業界の発展の展望に大きな影響を与えている。
コロナ禍において、熱処理企業はあまり大きな影響を受けなかった。ロックダウン中も、他国からベトナムへの生産移管によって、各企業は安定した生産を続け、発注数は順調に伸びた。しかし、2022年の後半になると、国内外の経済・政治的な影響がこれまでになく明確な形でベトナム工業界に波及した。世界では、ロシア・ウクライナ間の紛争が燃料危機を引き起こし、消費者は出費を抑えるようになった。米中貿易摩擦と半導体不足は未だ先が見通せない。ベトナムでは、一連の不動産大手企業の“退場”が、金融業界と国内経済に大きな影響を与えている。資本は不動産および金融市場の成長に大きく依存していて、企業は事業を回して生産を維持するための資金を銀行から借りることができない。多くの企業、外資系企業までが活動を制限し、この災難を乗り切るべく“休眠”を決定する企業も現れている。ある社長からは、「2023年6月までの活動における明るい兆しはまだ見られない」という心配の声が聞かれた。
長期的には、高品質な熱処理が必要な品目に対する市場ニーズが増加し、顧客体験も変化すると(価格優先から品質重視へ)、ベトナムの熱処理業界はようやく活気づくかもしれない。そして、グローバルサプライチェーンにおける日本企業とベトナム企業の役割を整理すること、例えばベトナム側は工場インフラを提供し、荒加工や量産を担当する、日本側は仕上げ加工と高品質な表面処理を担当するといったことは、国内の裾野産業の持続可能な発展に寄与するソリューションの一つになると思われる。
文/株式会社NCネットワークベトナム Nguyen Thu Phuong
※本稿執筆にあたり、CNCTech様、Pro-Vision様、Oristar様、KDH様よりご協力をいただきました。