専門家コラム 2024年05月09日22:04

FDI企業から見たベトナムの人材

人材の安定確保は、企業が持続的に発展するための重要な要素である。FDI誘致におけるベトナムの強みが「安い人件費」から「労働力の質」へと移り変わる中、FDI企業は今後どのような対策を講じていけばよいのか。近年のベトナム人材市場の動向を追い、ベトナムの人的資源の問題に対する解決策を提案する。

FDI企業から見たベトナムの人材

FDIの目的地であるベトナム

 「チャイナ・プラス・ワン」(C+1)という言葉が登場したのは2008年のことで、アメリカや日本の多国籍企業が中国への過度な依存から投資を分散させるため、インドや東南アジア諸国など、政治・経済・社会環境が安定した代替市場を求め始めた。しかし、C+1が真の意味で新しいトレンドとなったのは、2020年初めに新型コロナウイルス感染症が起こってからである。新型コロナにより中国経済は大きく混乱した。世界の大手企業は過剰なリスクと損失を軽減するために中国から生産移管を加速させ、新たな戦略として、インドやベトナムといった大きな可能性と安定性、そして十分な成長余地を備えた市場への投資が行われた。

近年、ベトナムは多くの自由貿易協定や二国間・多国間協力活動への参加を通じて、国際的な認知度を高めている。2022年、ベトナムと韓国は正式に「包括的戦略的パートナーシップ」に昇格した。2023年6月、韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)大統領がベトナムを訪問し、両国間の友好協力、特に経済関係を再確認した。2023年9月にはジョー・バイデン米大統領がベトナムを公式訪問し、両国関係を「包括的戦略的パートナーシップ」に格上げすることで合意した。続いて2023年11月、ベトナムと日本も二国間関係を「アジアと世界の平和と繁栄のための包括的戦略的パートナーシップ」に正式に格上げした。これらの重要な出来事は、国家間の貿易に有利な条件を促進し、ベトナムへの外国投資の流入を増加させた。

統計総局の報告によると、2023年、ベトナムへの外国直接投資(FDI)登録総額は366億ドル(約5兆4,300億円)に達し、前年比32.1%増を記録した。このうち、実行額は約231億8,000万ドル(約3兆4,400億円)と推定され、2022年から3.5%増加した。これは過去最大の実行額となった。経済部門別では、製造・加工業が引き続き外資誘致の主要セクターとなっている。特に注目すべきは、近年ベトナムへのFDIの質が向上していることで、ハイテク分野のプロジェクトが増加していることだ。

質の高い人材への需要

以前、FDI誘致におけるベトナムの強みを語る際、よく挙げられていたのが「安い人件費」であった。しかし、ベトナムが今後もこの強みを維持できるとは言い難い。質の高いFDIの誘致を優先する政府の政策とともに、今や海外企業がベトナムに進出する際に気にする問題のひとつが「労働力の質」である。

ベトナムの人口は2023年に1億人に達し、そのうち男女人口比率はかなり均衡している(男性49.9%、女性50.1%)。ベトナムは現在、人口構造の黄金期にあるが、高齢者の割合が増加し、若年人口の割合が減少する方向にある。統計総局によると、2023年にはベトナムの15歳以上の労働力人口は5,240万人に達し、前年に比べ666万5,000人増加した。そのうち学位や証明書を持つ訓練された労働力は1,410万人と推定され、27%を占めた。したがって、国内には約3,800万人の未熟練労働者がいることになる。この数字は、労働者の技術的専門知識の向上に大きな課題があることを示している。

ベトナムの労働力の質について、ベトナム商工会議所(VCCI)と米国国際開発庁(USAID)が発表した2022年省別競争力指数(PCI)報告書は、ベトナムの労働力の質にはまだ改善の余地があると指摘している。同報告書によると、FDI企業の54%が労働力の質は平均的な水準にしか達していないと評価している。FDI企業の約3分の1が、労働力の質は自社のニーズのほとんどを満たしていると評価しているが、労働力の質に完全に満足しているFDI企業はわずか9%である。

 

特に、専門的なスキルや高い労働生産性を必要とするポジションでは、適切な候補者探しがより困難になっている。上記の報告書によると、FDI企業の42%は執行役員職の人材確保が「困難」または「非常に困難」であると回答し、FDI企業の30%は管理・監督職の採用についても同様の評価をしている。FDI企業の54%が技術担当者の採用は「かなり難しい」と回答し、22%が「難しい」または「非常に難しい」と回答した。

安定した人材の確保が困難

人材の安定確保は、特に投入コストが上昇している現状において、企業が持続的に発展するための重要な要素である。離職率が高ければ、企業は頻繁に新たな人材の採用を迫られ、採用コストや人材育成コストなどの増加につながる。したがって、労働者、特に熟練労働者を保持することは、あらゆる企業にとって重要なことである。

管理職の人材は、企業にとって質の高い人材であり、企業はこの人材を採用するために多くのコストをかけ、また育成に多くの時間を費やすことが多い。そのため、このような従業員を失うことは、企業に多くの困難をもたらす可能性がある。

管理職の人材が長年勤めた職場を退職するのは、次の2つのパターンのどちらかである。一つ目は、給与、福利厚生、労働環境がより良い他の企業に移ること。二つ目は、ベトナムにおける日系企業でよく見られるケースだが、管理職の人材は外資系企業で研修を受け、経験と知識を得た後、自分の会社を設立するために退職する。そして、彼らが設立する会社は、前の会社と同じ分野で事業を行うことが多いため、古巣と直接人材獲得競争を行うことになる。管理職の社員が退職する際、その人の部下や関係が良い人も共に退職し、管理職の社員の新会社に移るケースもある。

工場で働く作業員についても、企業は同様の問題を抱えている。特に新型コロナウイルス感染拡大のような社会経済が不安定な時期には、不安を感じる作業員が多い。大都市での生活費の高騰に伴い、多くの工場作業員が大都市での仕事をあきらめ、他の生計手段を求めて故郷に戻る傾向がある。また、旧正月や南部統一記念日のような連休の後、職場に戻らない作業員もいる。その理由はたいてい、地元で別の仕事を見つけたり、家政婦やバイクタクシー運転手などフリーランスの仕事をしたりするためだ。

企業が定着させるのに苦労しているもう一つの従業員グループは、Z世代従業員である。ダイナミックで強い個性を持つのが特徴のZ世代は、自分の性格に合っている仕事内容や、柔軟性の高い職場環境などを重視する。このような特徴を持つZ世代は、高い規律や忍耐力を必要とする製造業には向いていないように思われる。しかし、創造力と行動力を持つZ世代は、企業にとって多くの価値を生み出すことができるかもしれない。彼らの離職理由について、多くの場合には企業文化や職場環境、仕事内容などが自分に合わないからだ。

企業への提案

 人材はどのような企業においても重要な役割を果たす。質の高い人材は、日常業務の効率性を確保するだけでなく、大きな競争優位性ともなる。本稿ではベトナム人材を採用する際にFDI企業が直面する2つの一般的な課題を取り上げた。さらに、スタッフのトレーニングや人件費の増加など、他にも困難があるかもしれない。

ここでは、企業が直面する可能性のある人的資源の問題に対する解決策を提案する。これらの解決策は、TopCV Vietnam Joint Stock Companyが主催する「TopCV Insights」シリーズにおいて、人事の専門家によって提案されたものである。これらの解決策の一部は、本誌の2024年1月号で紹介されている。

第一に、企業は自社にふさわしい人物像を再構築する必要がある。現在の不安定な状況では、ビジネス環境に適応する上で要となる新しいスキルが要求されている。。加えて、企業は研修や教育を通じて、現在の人材を育成することに注力する必要がある。スキルや知識を更新することで、従業員は新たな課題に適応し、会社の発展に積極的に貢献することができる。

第二に、厳しい経済状況の下で、従業員の期待に応える給与や賞与を維持することが困難な場合、企業は他の福利厚生にもっと力を入れることができる。適用可能な戦略のひとつは、キャリア開発とトレーニングに関する方針を強化することである。これは、従業員の個人的なスキル向上に役立つだけでなく、企業内での昇進の機会も創出する。さらに、企業は職場環境を改善し、従業員のメンタルヘルスにもっと注意を払うこともできる。これは仕事のパフォーマンスに好影響を与えるだけでなく、従業員のエンゲージメントや忠誠心にも寄与する。

第三に、企業は、量・質ともに比較的安定した人材を確保するために、専門学校や大学などの教育機関との提携を検討することができる。提携の一般的な形態は、大学生を対象とした実践的な学習プログラムやインターンシップを設けることである。企業は教育機関と協力し、企業のニーズに合わせてカスタマイズした研修プログラムを開発することもできる。さらに、教育機関と提携することで、企業の現従業員に研修を提供することもできる。

第四に、企業は、SNSや採用プラットフォームに募集のお知らせを掲載するなどテクノロジーを採用に応用することで、、コスト削減と採用効率の向上を両立させることができる。さらに、企業はChatGPTのようなAIチャットボット技術を活用し、職務記述書の作成や採用プロセスの自動化を行うこともできる。また、オンラインミーティングアプリケーションは、オンラインで候補者と迅速に面接するのに便利だ。

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